「更新のご案内」に目を通していたら、これまで一度も書かれていなかった「更新料」の欄に金額が入っていた——。あるいは、去年までは家賃1か月分だったのに、今年は1.5か月分に増えていた。私が管理会社の現場で更新手続きを担当していると、こうした相談は毎年8月から10月にかけて急増します。契約更新の通知が届く時期と重なるためです。
特に多いのが、物件のオーナーが変わった直後の更新です。新しいオーナーや、その委託を受けた新しい管理会社が、これまでの契約書にはなかった更新料を「当社では規定です」として請求してくるケースが後を絶ちません。実際にYahoo!ニュースにも「アパートのオーナーが変わり、契約更新のタイミングで初めて5万円の更新料を請求された」という相談が最近取り上げられています。
結論を先に言うと、更新料は法律上の根拠を持つ費用ではなく、契約書に一義的かつ具体的な合意が存在して初めて発生する債務です。契約書に記載がない、または記載が曖昧なまま「今回から徴収します」と言われても、応じる法的義務は原則としてありません。
※本記事の事例部分は、実際にあった複数の相談内容をもとに再構成したものです。物件名・所在地・時期のほか、金額・入居期間・やり取りの内容も特定を避けるため変更しています。
契約書に更新料の定めがなければ、後から「今回から徴収します」と言われても支払う義務は生じない——これが実務上の基本ルールです。
結論と、その理由
更新料の支払い義務が生じるかどうかを分けるのは、契約締結時の賃貸借契約書に、金額・支払時期が具体的に書かれているかどうかの一点です。国土交通省も「更新料は法令上の根拠がある費用ではなく、慣習として全国一律に行われているものでもない」という立場を明確にしています。
つまり更新料は、家賃や敷金のように法律で当然発生するものではなく、契約当事者が合意して初めて発生する「特約」にすぎません。特約である以上、契約書に書かれていない特約を、更新のタイミングで一方的に追加することは原則としてできません。これは家賃の値上げが借地借家法の枠組みで争われるのと違い、更新料はそもそも法律上の請求権ではないという点が出発点になります。
オーナーチェンジがあった場合も同じです。新しいオーナーは民法605条の2により旧オーナーの契約上の地位をそのまま引き継ぐだけで、契約内容を書き換える権限までは持ちません。「当社の規定」を理由に新しい負担を追加することはできないというのが実務上の整理です。
いま何が問題になっているのか
この問題が目立ち始めた背景には、賃貸オーナーの世代交代・売買の活発化があります。相続や投資目的でのオーナーチェンジが増え、引き継いだ新オーナーが管理会社を切り替えるケースも増加しました。新しい管理会社は前任者の契約条件を丁寧に引き継がず、自社の標準契約フォーマットをそのまま当てはめてしまうことがあります。ここに「今回から更新料が発生します」という説明の食い違いが生まれます。
2026年に入ってからも、更新料をめぐる相談はファイナンシャルフィールドなどのメディアで繰り返し取り上げられており、「オーナーが変わって初めて更新料を請求された」「去年までなかった費用が今年から加算された」という相談が後を絶ちません。家賃そのものの値上げ交渉と並んで、契約更新のタイミングは賃貸トラブルが最も集中する時期のひとつです。
あわせて、東京都消費生活総合センターも家賃値上げ・更新関連の相談事例を継続的に公表しており、更新のタイミングで貸主側から一方的な条件変更の通知が届くケースへの注意を呼びかけています(東京くらしWEB「賃貸住宅の家賃値上げトラブルに注意」)。更新料も家賃改定も、貸主が一方的に決められるものではないという点は共通しています。
もうひとつ、この時期に更新案内と一緒に届きやすいのが火災保険の切り替え・更新案内です。損害保険各社は物価高や自然災害の増加を受けて2023年度以降、火災保険料の値上げを続けており、日本経済新聞も損保ジャパンが個人向け火災保険料を平均約3%引き上げると報じています。更新料と火災保険は法的にはまったく別の話ですが、同じ封筒で届くことで「セットで従うべきもの」という誤解を招きやすい点には注意が必要です。
制度・法令の正確な整理
まず押さえておきたいのは、更新料には独立した法律上の根拠規定が存在しないという事実です。借地借家法にも民法にも「更新料」という言葉自体が登場しません。更新料が発生するのは、あくまで賃貸借契約書の中に当事者双方が合意した特約として明記されているからです。
| 契約書の記載状態 | 支払い義務 | 根拠 |
|---|---|---|
| 金額・時期が具体的に明記 | 原則あり | 最高裁平成23年7月15日判決 |
| 「更新の際は協議する」等の抽象的な記載のみ | 原則なし | 東京地裁平成25年4月16日判決 |
| 記載自体がない(オーナーチェンジ後の新設) | なし | 民法605条の2(契約承継の範囲) |
| 法定更新(合意更新できず自動更新)の場合 | 原則なし | 東京地裁令和6年2月16日判決 |
特に見落とされがちなのが、4行目の法定更新のケースです。借主が更新を拒んだわけではなく、貸主・借主どちらからも正式な更新手続きが行われないまま契約期間が満了すると、借地借家法の規定により従前と同一条件で契約が自動的に更新されます。この場合、契約書の更新料条項が「合意更新の際に支払う」という文言になっていれば、法定更新には適用されないと判断される可能性が高くなります。法定更新そのものの仕組みとメリット・デメリットは別記事で詳しく整理しています。
裁判例はどう判断してきたか
更新料をめぐる裁判例のうち、まず押さえるべきは更新料条項そのものの有効性を認めた最高裁判決です。
最高裁判所第二小法廷 平成23年7月15日判決(民集65巻5号2269頁)
賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新料の額が賃料の額及び契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、消費者契約法10条にいう信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものということはできず、有効である。
この判決は「更新料条項は当然に有効」と述べたものではありません。契約書に金額と支払時期が具体的に書かれていることが有効性の前提条件になっている点が重要です。逆に言えば、この前提を欠く場合は次の判断が生きてきます。
東京地方裁判所 平成25年4月16日判決
更新料の額が契約書上具体的に定められていない場合には、借主に更新料の支払義務が生じているとはいえず、その不払いをもって債務不履行に当たるということはできない。
東京地方裁判所 令和6年2月16日判決
契約書の文言上「更新」が合意による更新に限定されると解するのが自然である場合、法定更新に伴って更新料支払義務についての合意が成立していたと認めることはできない。
この3つを合わせて読むと、実務でチェックすべきポイントが見えてきます。「更新料条項があるか」「金額・時期が具体的か」「法定更新にも適用される文言か」——この3点を満たさない限り、更新料の請求は法的な裏付けを欠いた「お願いベース」の請求にとどまるということです。
【現場の実際】21年の実務から
建前としてはここまでの整理の通りですが、現場での運用はもう少し生々しいものです。管理会社に21年勤めてきた立場から、実際によくある4つの場面を紹介します。
場面1:オーナーチェンジ直後の「規定です」トーク。新しい管理会社の担当者は、旧オーナー時代の契約書を1件ずつ精査する余裕がないまま、自社の更新案内テンプレートを機械的に送ってしまうことが少なくありません。悪意があるというより、単純な引き継ぎ不足が原因のケースが実は大半です。だからこそ、こちらが契約書を根拠に指摘すれば、あっさり撤回されることが多いのが実態です。
場面2:「みんな払っている」という同調圧力。電話口で「他の入居者様も皆様お支払いいただいております」と言われると、多くの方はそれ以上の反論をためらいます。しかし他の入居者の契約書に更新料条項があるかどうかは、あなたの契約とは無関係です。管理会社側もこの言い回しを多用しますが、契約書のコピーを請求されると急に歯切れが悪くなる担当者を何人も見てきました。
場面3:更新料と一緒に紛れ込む「事務手数料」。更新料の定めはあっても、それとは別に「更新事務手数料」「更新保証委託料」といった名目の費用が追加されることがあります。これらは更新料とは法的性質が異なり、契約書に記載がなければ同じロジックで拒否できます。保証会社を利用している場合は、保証委託契約書側の更新料条項も別途確認が必要です。
場面4:定期借家契約での「再契約料」。普通借家の更新料とは別に、定期借家契約では契約期間満了後の「再契約」に際して再契約料を求められることがあります。定期借家は法定更新という概念自体が存在しないため、再契約するかどうかは貸主・借主双方の自由です。再契約料の性質は普通借家の更新料とほぼ同じで、契約書または再契約合意書に明記されているかがカギになります。
場面5:管理会社の切り替え時にまとめて条件が変わる。オーナーは変わらず、管理業務を委託する管理会社だけが切り替わったケースでも同様の問題が起きます。新しい管理会社は前の管理会社が使っていた契約書の控えを引き継いでいないことがあり、「弊社の管理物件は一律この条件です」という説明をされることがあります。しかし管理会社が変わっても、賃貸人はあくまでオーナー本人であり、契約内容を決める権限は管理会社にはありません。この場合も契約書原本の提示を求めるのが最も確実な対応です。
ケース別の負担区分・対応
相談内容ごとに、支払い義務の有無と実務上の対応を整理すると次のようになります。
| ケース | 支払い義務 | 今日できる行動 |
|---|---|---|
| 契約書に金額入りで明記されている | あり | 支払期日と振込先を確認して対応 |
| オーナーチェンジ後、初めて請求された | 原則なし | 契約書の写しを取り寄せ、条項の有無を確認 |
| 従来より高い金額を提示された | 従来の合意額まで | 契約書記載額との差額を書面で指摘 |
| 法定更新で自動更新された | 条項の文言次第 | 「合意更新の際」等の限定文言を確認 |
| 更新料とは別の「事務手数料」を請求された | 原則なし | 名目ごとに契約書上の根拠を個別に確認 |
着地の実務——どこで折り合うか
現実的な手順
まず、入居時に締結した賃貸借契約書の原本またはコピーを手元に用意してください。紛失している場合は、管理会社・仲介会社のどちらかが保管している可能性が高いので、開示を求めます。契約書に更新料条項があるかどうかは、電話口の説明ではなく、必ず書面の文言で確認してください。
条項がない、または金額・時期の記載が曖昧な場合は、「契約書に更新料に関する具体的な定めが見当たらないため、支払いの根拠を書面でご提示ください」と、メールまたは書面で問い合わせるのが最も効果的です。口頭でのやり取りだけで終わらせず、記録が残る形にすることがポイントです。
管理会社側から「合意書を新たに作成しましょう」と提案されることもあります。これに応じるかどうかは任意ですが、応じる場合も金額・支払時期・今後の更新にも適用されるのかを必ず書面で確認してから署名してください。
やってはいけないこと
感情的に「払わない」と一方的に伝えて連絡を絶つのは避けてください。契約書の記載がなくても、更新料を支払わないこと自体が契約解除の理由になるわけではありませんが、コミュニケーションを断つと不要な信頼関係の悪化を招きます。
また、次回の更新まで問題を先送りにするのもおすすめできません。今回の請求に根拠なく応じてしまうと、それが「今後も支払う」という新たな合意の証拠として扱われかねないためです。疑問があるその場で、書面での確認を求めることが結果的に最も早い解決につながります。
よくある質問
- Q. 契約書自体が手元にありません。どうすればいいですか。
- A. 管理会社または仲介した不動産会社に写しの開示を依頼してください。宅地建物取引業者には契約書関連書類の保存義務があり、通常は保管されています。
- Q. 更新料を拒否したら、契約を更新してもらえないのでは。
- A. 更新料の支払いと契約更新の可否は本来別問題です。特に法定更新が成立する場合、更新料の未払いを理由に契約を終了させることは容易ではありません。
- Q. 「今回だけ特別に」と言われて一度払ってしまいました。次回はどうなりますか。
- A. 1回の支払いが即座に恒久的な合意になるとは限りませんが、次回の更新時に改めて「今回は契約書に定めがないため支払いません」と明確に意思表示しておくことをおすすめします。
- Q. 火災保険の切り替え案内も一緒に届きました。これも従うべきですか。
- A. 火災保険は更新料とは別の問題です。指定された保険と現在加入中の保険の補償内容・保険料を比較したうえで判断してください。指定保険への切り替えが契約上の条件になっているかどうかも、契約書の特約欄で確認する価値があります。
- Q. 弁護士に相談するタイミングの目安はありますか。
- A. 書面でのやり取りをしても管理会社側が根拠を示さないまま請求を続ける場合や、金額が大きい場合は、早めに弁護士や自治体の消費生活相談窓口に相談することをおすすめします。
- Q. 更新料の減額交渉はできますか。
- A. 契約書に条項がある場合でも、金額そのものについて交渉の余地がないわけではありません。長期入居者であることや、近隣相場との比較を材料に相談してみる価値はあります。ただし交渉と「支払い義務がないことの確認」は別の話である点を意識して使い分けてください。同時に家賃改定も打診されている場合は、家賃値上げを断る際の考え方もあわせて確認しておくと交渉の見通しが立てやすくなります。
まとめ
契約更新のタイミングで届く更新料の請求は、契約書に具体的な定めがあるかどうかで結論が決まります。オーナーチェンジ直後の「今回から規定です」という説明は、多くの場合その場しのぎの引き継ぎ不足によるものであり、契約書を根拠に問い合わせるだけで解決する相談を数多く見てきました。
この記事の裏づけ
- 公益財団法人不動産流通推進センター「平成23年の更新料裁判における最高裁の判決の趣旨」
- 東京くらしWEB「賃貸住宅の家賃値上げトラブルに注意」(東京都消費生活総合センター)
- 全国借地借家人組合連合会「法定更新された場合には契約書に基づく更新料支払義務は発生しない」判例紹介
- 最高裁判所第二小法廷 平成23年7月15日判決(民集65巻5号2269頁)
- 民法605条の2(不動産の賃貸人たる地位の移転)
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執筆者:不動産管理会社勤務・業界21年。賃貸管理/入居審査/家賃滞納対応/退去立会い/原状回復を担当。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別事情により対応は異なります。法的判断や具体的な対応は、必要に応じて弁護士・専門家・関係機関へご確認ください。




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