2026年8月13日、千葉県には大雨特別警報が出され、マンションの立体駐車場で複数の車両が水没する被害が報じられました。気象庁関連の統計では、この夏だけで台風の発生数はすでに16個に達し、平年より多いペースで推移しています。お盆明けにかけても台風13号に続き台風15号が本州に接近する見通しが出ており、被害はこれから増える段階です。
「台風で窓ガラスが割れて部屋が水浸しになった」「大雨で1階の床が浸水した」——こうした連絡が管理会社に入ったとき、入居中の修繕対応と、退去時の原状回復精算の両方で、担当者の経験によって対応が大きく分かれます。経験の浅い担当者ほど、火災保険を使わずに借主へ修繕費用を請求してしまったり、逆に貸主が本来負うべき修繕を先送りにしたりして、あとからクレームや訴訟に発展するケースを何度も見てきました。
この記事では、台風・大雨による賃貸物件の破損・浸水について、入居中の賃料減額・貸主の修繕義務・退去時の原状回復精算・重要事項説明という4つの場面ごとに、管理会社が実際にどう判断すべきかを、条文と裁判例に基づいて整理します。
結論を先に言えば、台風・大雨による損傷は原則として借主の原状回復義務の対象外であり、貸主側が火災保険で対応すべきものであって、敷金から差し引いてはならない。
結論と、その理由
台風や大雨による窓ガラスの破損、浸水による床・壁の損傷は、借主の故意・過失によるものではない限り、退去時の原状回復費用として借主に請求してはならない。これは通説や慣行の話ではなく、民法621条ただし書に明文で定められている。同条は、賃借人が負う原状回復義務について「その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」と規定しており、天災による損傷はこの「責めに帰することができない事由」の典型例にあたる。
さらに、入居中であれば民法611条1項により、台風で部屋の一部が使用できなくなった場合、借主からの請求を待たずに賃料は当然に減額される。ここを見落として「修繕するまで満額の家賃を払ってください」と案内してしまう管理会社は、法的に誤った対応をしていることになる。
例外は、借主自身の管理不備が損傷の直接原因になっている場合だけである。台風接近が繰り返し報じられていたにもかかわらず窓を開け放したまま長期不在にしていた、ベランダに飛散しやすい私物を置いたまま放置していたなど、借主の行為が損傷の原因として明確に立証できるケースに限られる。この線引きを現場でどう運用するかが、この記事の核心になる。
いま何が問題になっているのか
2026年8月は、台風の当たり年になっている。気象情報各社は8月だけで台風3〜6個が日本に接近すると予想しており、お盆の時期にかけて発生数が増える可能性が指摘されている。実際に8月13日には千葉県内で大雨特別警報級の状況となり、マンションの駐車場が冠水して車両が水没する被害が報じられたばかりだ。この時期は毎年同じ構図が繰り返される。台風一過の後、管理会社には「窓が割れた」「雨漏りしている」「1階が浸水した」という連絡が一気に集中し、応急処置と原状回復の切り分けを短時間で判断しなければならなくなる。
国民生活センターも、賃貸住宅の原状回復トラブルについて継続的に注意喚起を行っており、退去時の費用請求に関する相談は依然として上位の相談テーマになっている(国民生活センター「賃貸住宅の原状回復トラブル」)。台風被害はこの相談件数に上乗せされやすい季節要因であり、平時よりも慎重な説明と証拠保全が求められる。
制度・法令の正確な整理
台風・浸水被害を扱ううえで押さえておくべき条文は4つに絞られる。どれも令和2年(2020年)4月1日施行の改正民法で明文化・整理されたものであり、それ以前の古い理解のまま運用している担当者は、この機会に条番号ごと確認しておいたほうがいい。
| 条文 | 内容 | 実務での使いどころ |
|---|---|---|
| 民法606条1項 | 賃貸人の修繕義務 | 台風で割れた窓は貸主が修繕する義務を負う |
| 民法611条1項 | 一部使用不能による賃料の当然減額 | 請求を待たず、使用不能割合に応じて自動的に賃料が下がる |
| 民法616条の2 | 全部滅失による賃貸借の当然終了 | 床上浸水で全室が使用不能になれば契約は自動的に終了する |
| 民法621条ただし書 | 借主の帰責事由によらない損傷は原状回復義務の対象外 | 台風被害は原則ここで借主負担から外れる |
加えて見落とされがちなのが宅地建物取引業法施行規則の改正だ。令和2年7月17日公布・同年8月28日施行の改正により、重要事項説明において水防法に基づく水害ハザードマップ上の物件所在地を示すことが義務化された。これは売買だけでなく賃貸借の媒介・代理でも対象になる。ハザードマップ上で浸水想定区域に入っている物件を、その説明なしに契約させていた場合、後日の浸水被害について説明義務違反を問われるリスクがある。管理会社が仲介を兼ねている場合は特に注意が必要な点だ。
実務上のポイントは、「経年劣化・通常損耗」「借主の過失」「不可抗力(台風・大雨)」の3分類を、被害発生直後の初動でどこまで記録できるかに尽きる。写真・気象庁の警報履歴・管理員の巡回記録の3点を揃えておけば、あとから借主・貸主どちらから異議が出ても説明がぶれない。
もう一つ実務で混同されやすいのが、火災保険と地震保険の適用範囲の違いだ。台風・大雨による風災・水災は火災保険(住宅総合保険)の水災補償・風災補償で対応する範囲であり、地震保険とは別枠になる。指定業者のまま火災保険を更新していいかという判断とあわせて、水災補償が外れたプランになっていないかは、更新のたびに必ず確認しておきたいポイントになる。
裁判例はどう判断してきたか
賃貸人の修繕義務違反と賃料減額の関係については、古くから積み重ねられた裁判例がある。台風による窓ガラス破損や浸水そのものを直接扱った公表判例は少ないが、「賃貸人の帰責性を問わず、使用収益ができない状態にあれば賃料は当然に減額される」という法理は共通しており、台風被害にもそのまま当てはまる。
東京地方裁判所平成9年1月31日判決
水道管の漏水等により賃貸物件の一部の効用が失われていたとして、貸主の修繕義務違反を理由に賃料の25%の減額を認めた。使用収益の一部制限があった場合、その程度に応じて賃料減額を認める姿勢を示した裁判例として、原状回復・修繕トラブルの実務で繰り返し参照されている。
名古屋地方裁判所昭和62年1月30日判決
建物2階部分で雨天のたびにバケツで受けきれないほどの雨漏りが継続し、居室の一部が実質的に使用できない状態が続いていた事案について、貸主の修繕義務違反を認めた。修繕を怠った期間が長期にわたるほど、貸主側の責任が重く評価される傾向を示している。
これらの裁判例に共通するのは、「借主が我慢して住み続けたこと」は貸主の免責理由にならないという点だ。台風被害の連絡を受けてから修繕対応を先延ばしにするほど、賃料減額の対象期間が延び、管理会社・貸主のリスクが積み上がる。初動の速さが、そのままリスク管理になる。
【現場の実際】21年の実務から
ここからは制度論ではなく、実際に管理現場でどう動いているかを書く。建前と現場運用の差が最も出るのがこの台風対応の初動だ。
ケース1:台風接近中の緊急連絡。台風上陸の前日から「窓がガタつく」「ベランダの物が飛びそう」という連絡が増える。この段階で管理会社がやるべきは修理業者の手配ではなく、入居者への注意喚起と、被害発生時の連絡フローの再確認だ。台風通過中に無理に業者を出動させるのは事故のもとであり、応急処置(養生テープ・ブルーシート)の指示にとどめるのが現実的な判断になる。
ケース2:窓ガラス破損の連絡。台風一過の朝に「窓が割れて雨が吹き込んだ」と連絡が入るのは毎年のことだ。現場ではまず「借主の管理不備があったか」を淡々と確認する。雨戸や網戸を閉めていたか、飛散防止フィルムの有無、被害箇所の写真——これらを揃えたうえで、飛来物による破損であれば貸主側の火災保険(建物保険の風災補償)で処理するのが基本線になる。借主に自費修理を求める管理会社もいまだに存在するが、これは民法621条ただし書に照らして誤った請求である。
ケース3:1階の床上浸水。床上浸水が起きると、フローリングの張り替え・巾木の交換・場合によっては壁紙の全面交換が必要になる。この費用は原則として貸主の火災保険(水災補償)でカバーする範囲であり、借主の家財(家具・家電)については借主自身が加入する家財保険・借家人賠償責任保険の対象になる。ここを混同して「部屋の修繕費用も家財保険も両方借主負担」と説明してしまう担当者が実際にいるが、明確な誤りだ。
ケース4:退去時に「これは台風のせいだ」と借主が主張するケース。逆に、経年劣化や生活汚損を「去年の台風のせいだ」と主張して原状回復費用を免れようとする借主も一定数いる。この場合は入居時の点検記録・その後の定期点検記録・気象庁の警報発表履歴を突き合わせて、被害発生時期と損傷の対応関係を客観的に示すことが唯一の解決策になる。感覚的な言い合いにしないことが、双方にとって早期解決につながる。この点は退去時のカビ請求で管理会社が原因論で負けるケースとまったく同じ構造で、原因の立証責任をどちらが負うかを最初に整理しておくことが重要になる。
ケース5:罹災証明書の取得と保険金請求の実務。床上浸水など被害が一定規模を超えると、借主・貸主のどちらも自治体に罹災証明書を申請できる。管理会社としては、被害写真の撮影方法(浸水した高さが分かる角度で撮る)を入居者に案内し、保険金請求に必要な書類一式(罹災証明書・修繕見積書・被害写真)を早い段階でそろえるよう促すのが実務上のコツだ。保険会社への請求は、被害発生から時間が経つほど査定が難航しやすい。初動の1週間で証拠を固められるかどうかが、その後の保険金の下り方を左右すると言っていい。なお、水回りのトラブル対応の基本(誰が呼ぶ業者を決めるか、高額請求を避ける初動)は水道・トイレつまりの高額請求への対処で解説した考え方がそのまま応用できる。
ケース別の負担区分・対応
実務でよく問い合わせを受ける損傷パターンを、負担区分・使う保険・根拠条文の3軸で整理する。
| 損傷内容 | 原則の負担者 | 使う保険 | 根拠・備考 |
|---|---|---|---|
| 飛来物による窓ガラス破損 | 貸主 | 貸主の火災保険(風災) | 民法606条・621条ただし書 |
| 床上浸水による内装損傷 | 貸主 | 貸主の火災保険(水災) | 同上。全損なら616条の2で契約終了もありうる |
| 浸水で借主の家財が損壊 | 借主 | 借主の家財保険 | 部屋そのものの損傷とは別枠 |
| 台風接近を知りつつ窓を開放し破損 | 借主 | 借主負担(過失) | 帰責事由が借主にあるため621条ただし書の適用外 |
| 修繕待ちの期間の家賃 | 貸主が減額 | – | 民法611条1項で請求不要・当然減額 |
着地の実務——どこで折り合うか
被害発生から保険金の受け取りまでを一つの流れとして管理できているかどうかで、退去時のトラブル率は大きく変わる。実務では次のようなタイムラインで動くと迷いが少ない。
| タイミング | やること | 担当 |
|---|---|---|
| 被害発生当日 | 被害写真の撮影・気象警報履歴の保存・応急処置の手配 | 管理会社 |
| 被害発生後1週間以内 | 修繕見積の取得・罹災証明書の申請案内・保険会社への一報 | 管理会社・貸主 |
| 修繕完了まで | 賃料減額分の計算・借主への書面通知 | 管理会社 |
| 退去時 | 台風被害箇所を原状回復精算から明確に除外 | 管理会社 |
現実的な手順
1. 被害連絡を受けたら、写真と気象庁の警報発表履歴をその日のうちにセットで保存する。時間が経つほど「いつからの損傷か」の立証が難しくなる。
2. 借主の帰責事由の有無を、感情ではなく記録で判断する。「本人が悪いと思う」ではなく、点検記録・写真・警報履歴で説明できるかを基準にする。
3. 貸主の火災保険での対応を先に検討し、借主への請求は最後の選択肢にする。保険を使わずに借主へ請求するほうが早いという発想は、後々のクレーム対応コストを考えると割に合わない。
4. 賃料減額が発生する場合は、口頭ではなく書面(メールでも可)で減額期間と根拠を明示する。民法611条1項は当然減額なので、通知を怠っても法的には減額が発生しているが、通知しておかないと後日の家賃精算でトラブルになる。
やってはいけないこと
「とりあえず借主に修理業者を手配させて、費用は敷金精算のときに相殺する」という運用は絶対にしてはいけない。この対応は民法621条ただし書と606条の両方に反する可能性が高く、借主から損害賠償や慰謝料を請求される火種になる。また、被害の原因を確認せずに「台風なので仕方ない」と全額貸主負担にしてしまうのも避けたい。借主の管理不備が明確な事案まで貸主が抱え込むと、オーナーとの信頼関係を損なう。どちらの方向にも寄せすぎず、記録に基づいて淡々と線を引くことが、結果的に一番クレームが少ない運用になる。
よくある質問
- Q. 台風で割れた窓の修理中、家賃は満額払わないといけませんか。
- A. いいえ。民法611条1項により、使用できない部分の割合に応じて賃料は当然に減額されます。請求しなければ減額されないわけではなく、貸主・管理会社側が計算して案内する義務があります。
- Q. 浸水で敷金から修繕費が引かれると言われました。応じるべきですか。
- A. 台風・大雨による浸水は、借主の過失がない限り原状回復義務の対象外(民法621条ただし書)です。安易に応じず、被害原因と管理会社の説明の根拠を確認してください。
- Q. 家財(家具・家電)の浸水被害は誰が補償してくれますか。
- A. 部屋そのものの損傷は貸主の火災保険、家財の損傷は借主自身が加入する家財保険・借家人賠償責任保険の対象です。賃貸借契約とセットで加入している保険の補償範囲を確認しましょう。
- Q. ハザードマップで浸水想定区域と知らずに契約しました。今からできることはありますか。
- A. 契約時の重要事項説明でハザードマップ上の位置の説明がなかった場合、説明義務違反を主張できる可能性があります。契約書・重要事項説明書を確認し、必要であれば管理会社・仲介業者に説明の有無を照会してください。
- Q. 台風のたびに毎回同じ場所が浸水します。管理会社は何か対応すべきですか。
- A. 被害の頻度・程度によっては、貸主側に状況の改善や次の入居者への説明義務が生じます。放置すれば将来的な説明義務違反のリスクが積み上がるため、排水設備の点検や土のう常備などの恒久対策を検討すべきです。
まとめ
台風・大雨による賃貸物件の損傷は、借主の過失が明確でない限り、原則として貸主側の負担であり、借主の原状回復義務・敷金精算の対象にはならない。入居中は民法611条1項による賃料の当然減額、貸主には民法606条の修繕義務があり、退去時は民法621条ただし書が借主を保護する。例外は借主の管理不備が損傷の直接原因であると記録で示せる場合に限られる。この線引きを曖昧にしたまま感覚で処理すると、管理会社・貸主・借主のいずれにとっても不利益になる。
根拠とした条文・判例・資料
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」
- 国土交通省「民間賃貸住宅に関する相談対応事例集(賃借物の一部使用不能による賃料の減額等について)」
- 国民生活センター「賃貸住宅の原状回復トラブル(相談件数や傾向)」
- 国土交通省「宅地建物取引業法施行規則の一部改正(水害リスク情報の重要事項説明への追加)に関するQ&A」
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執筆者:不動産管理会社勤務・業界21年。賃貸管理/入居審査/家賃滞納対応/退去立会い/原状回復を担当。
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